ハンター紀行 2007年03月
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充電か、あるいは嵐が過ぎようとしているのかは..

2007.03.12 (Mon)
ヨブ物語 16 -因果応報では説明できない-

  因果応報では説明できない苦難の問題というのは、確かに存在
  します。たとえば『ヨハネによる福音書』9章に出てくる生まれ
  つきの盲人もそうです。弟子たちは、「先生、彼が生まれつき
  盲人であるのは誰の罪ですか。本人でしょうか。それとも親の
  罪が子に報いられたのでしょうか」と聞きます。ところが、イ
  エス様は「本人の罪でも、親の罪でもない。神の業が現れるた
  めである」とお答えになったのでした。

  ここで、イエス様は苦難の「原因」ではなく「目的」を問題に
  されています。「なぜ、こうなったのか」ではなく、「こうな
  ったのは何のためなのか」とお答えになったのです。このよう
  に苦難には、誰が悪いということを追及できないものがあるの
  です。しかし、そういう苦難であっても必ず意味や目的がある
  のだということを教えてくださったのが、「神の業が現れるた
  めである」というイエス様のお答えなのでした。



第二十九則 非風非幡

  風が寺の旗を鳴らしていた。一人の僧が旗が動く、と言い、
  他の一人の僧が風が動く、と言い合っていた。和尚が「風が
  動くのではない、旗が動くのではない、貴方の心が動くのだ」
  と言った。二人の僧は畏れ入った。

  無門和尚の解説:これは風が動くのではない、旗が動くのでは
  ない、心が動くのでもない。もしここがぴたりと説明出来るの
  なら、この僧たちが鉄を買って金を得たことが分かるであろう。
  この和尚も黙って笑っていることができず、恥をかいてしまった。



世の中めんどくさいことばかりだけど、全ては自分が受け止める事象でしかない。そして自分で解けない問題は実は無いのかもしれない。
いやになって投げ出したくなっても、それでも毎年春はくる。

さてそろそろブログ再開してみるかな。
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