ハンター紀行 慰霊の日 6/23- 沖縄

スポンサーサイト

--.--.-- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【編集】 |  --:-- |  スポンサー広告  | Top↑

慰霊の日 6/23- 沖縄

2006.06.23 (Fri)
戦後61年平和胸に/慰霊の日 -沖縄タイムス

  「慰霊の日」の二十三日、県主催の沖縄全戦没者
  追悼式が、糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた。
  県内外から約四千五百人の遺族らが参列。
  六十一年前の悲惨な戦争で命を失った二十万人余の
  み霊に祈りをささげた。
  小泉純一郎首相は昨年に続き参列した。


まず「慰霊の日」6/23に沖縄の戦闘は終結していない。23日は沖縄戦の司令官であった陸軍司令官牛島満大将をはじめとした司令部が自決した日ということに起因して(本当は22日という話らしい)、それが第32軍の行っていた組織的戦闘の終結をもたらしたことをもって、さらに本土の安保ディが23日ということにかぶせたためという意見も。

司令部の壊滅を知らずに生き残っていた小部隊は9月7日に降伏文書への調印が行なわれるまで戦闘を続け、死傷者を出していたという。
つまり本当の戦闘終結はこの9月7日であると言われているが、この日は「市民平和の日」と制定されている。


  本年新たに五百八十八人の戦没者が刻銘される
  「平和の礎」。国籍を問わず約二十三万人を刻んだ礎では、
  多くの人々が失った肉親や友人の名前を指でなぞり、
  花や線香を手向けていた。


沖縄戦では二十数万人が戦死したと言われている。どうやって推定したのか知って私は唖然とした。戦前の人口引くことの戦後の人口である。 -極東ブログ

finalvent氏によれば沖縄戦の戦闘資料がほとんど見当たらないだけか、未だに遺骨のすら拾われていない地域もあるとのこと。
それを思ったら今朝みのもんたと共に出ていたニュースを思い出したので流れでソースを引っ張り出してみた。


沖縄返還「密約」/“身内”証言、政府追い込む

  政府がひた隠しにしてきた沖縄返還の「密約」を、
  対米交渉の中枢にいた吉野文六・元アメリカ局長
  (87)が政府関係者として初めて認めた。

  「協定の中身を明らかにしなかった政府の姿勢が、
  今の沖縄問題を解決困難にしていることを考えれば、
  現役の議員は心して政府を追及しなければならない。


これは2006/2/9の記事だが、こういったことが明るみになるにつれて沖縄戦の情報開示に関しても何かしらの政府の意向があるのではないかと勘ぐってしまう。
そして戦死者に関してなぞめいた言葉を見て目が離せなかった。


  私はたぶん、その真相を知っているが、ここには書かない。
  「平和の礎」に行って調べれば誰でもわかる。

  沖縄戦は知れば知るほどわからなくなる。-finalvent

沖縄に行ったら是非に調べてみようと思う。
【沖縄と4/28】-ハンター紀行
スポンサーサイト
【編集】 |  23:14 |  お勉強  | トラックバック(0) | コメント(0) | Top↑

コメント

コメントを投稿する
URL
COMMENT
PASS  編集・削除に必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示
 

トラックバック

この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。