ハンター紀行 最近世間が暗いってもともと暗かったでしょと突っ込まれて考える

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最近世間が暗いってもともと暗かったでしょと突っ込まれて考える

2006.07.25 (Tue)
頭の中で試行錯誤してみるに僕の結論はもともと世間は明るいものだに至る(まあ希望でもあるんだけど)。

でも100%ということではなくてプロ野球では6割も勝てば優勝してしまうように、陰陽/明暗の割合で言うと歴史的に明るいほうが6割程度は維持してたんじゃないかということ。まあ戦争多き時代などは暗8明2くらいのときもあっただろうけどその前後は明が6割以上とってうまくバランス保ってきたんだろうと。

明るいということは能動的/創造的であって暗いということは受動的/破壊的という観点から見ている。結構きわどい意見になるけど、“人が能動的に生きて発展してきたこの世界”と捉えないともう人間世界は過去とうの昔に無くなっていただろうにと考えた。

人間さえ居なければいたって単純、この世界は明るいです、ハイ。
でも世間が暗いか明るいかはその個人の心の状態でしかないかもとも思うし、最近の自然災害や戦争の畳み掛けるような重大な事件事故続きではだるいのも当然。しかもインターネットの世の中で情報は一瞬で地球のあらゆるところを飛び回るし人の心は悲観に染まりやすいときてる。

何かしらの宗教にも属してないけど、太陽・月・水・空気・土・火・植物・動物などなどという存在の奇跡的な集合体である地球に漠然と人間を超えた意思のような存在をそこかしこに感じても居る。

でもそんなこと頼りにせず、人間とは試練を超えていくしか生きてゆく手段がない生物だとは思うしそのために与えられた自由意志を生かすべきなんだろうと僕は考える。そこには純粋な明るさ(まあ愛というべきものかもね)的なものがないとどうにもならないだろうと。僕ら生まれた瞬間から重力感じて立ち上がることから始まるんですから。そしてそれを見守る親の愛と。

話は変わるけど学生時代時間は無限にあるように見えて未来への可能性を感じながらも実はなにもできない何者でもないもどかしい感覚を過ごした。でも人生走り出すと残された時間がわずかしかない感覚に囚われる。だから日々生きるだけ生きようと意地を張る自分も生まれた。

走り出す先は人それぞれだけど走り出すきっかけは案外真っ暗闇に光る1点の存在を自ら生み出す努力をしたときに始まるものだったりする。不安や絶望にあったらそんなことありえないと悲観してしまうけど、そんなときこそほっとけば人間は自然に前を見て歩き出す生き物だと楽観している。

なんかここまで書くとものすごい自分がポジティブ思考だなと人には見えてしまうだろうけど、ジンは日々後ろ向きで後退する人生を送っていますんでかなり矛盾してるなぁと(まあ前にはすすんでるっぽい)。
全然違うかも知んないけど思い出した↓


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