ハンター紀行 2006年9月11日に米同時多発テロを振り返る

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2006年9月11日に米同時多発テロを振り返る

2006.09.11 (Mon)
テロとの戦い「成果あった」…ブッシュ政権主要閣僚ら

もうあれから5年も経ってしまったんですね。
でも世間は戦争やテロ未遂、あるいは核兵器開発など依然緊張強いるニュースばかりの世の中です。

あれから5年、振り返る意味で以前別ブログで書いた思いをここで覚え書き程度に載せとこうと思います。


対米同時多発テロ事件(2001/9/11)を振り返っての雑感(再々掲)

2001年9月11日、私は外資系商社のシステム管理をしていた、だがまだ入社したばかりで社内のあちこちでやりとりされている英会話にすら過敏になっていた時期でもあった。アメリカ本社から手伝いに来ていたイタリアンとチャイニーズアメリカンと共に社内システムの新規総導入を深夜まで行っていた時だった。AM2:00頃皆で一息入れようかという頃、同じ社員の営業の自宅からのメールで“テレビを見ろ。ビルに飛行機が突っ込んでいる!!”寝ぼけてるのかと思いつつも社内のテレビをつけてみると、まさに2機目の飛行機がセンタービルに飛び込もうというときだった。“OH,MY GOD...”一緒にいるチャイニーズが呆然と呟いた。映画だと思った。いや、仮想世界特集でも組まれているのだろうと見流していた。彼らが母国へ電話を立て続けにかけているのを横目に、それでも頭の片隅で"戦争?"という言葉が反芻されながらも、私は“アメリカ人てマジで驚いたときには"オーマイガァッッ”ていうんだなぁ。"と、ぼけたものだった。

 それから1年後の2002年8月、私は仕事で初めてアメリカの地を踏むこととなった。1人で向かったサンフランシスコからローカルラインへ乗り換える空港のカウンターで、たくさんの外国人を横目に荷物を全て広げられボディーチェックされている私がいた。散々テレビで見てきたテロ後のアメリカの緊張を身をもって味わうこととなったのだ。そのころはイスラム系だけでなく挙動不審ぽい私のようなアジアンも完全に警戒の的だったのだろう。希望にあふれて日本を出発した私は、ある程度の恐怖と共にアメリカ入国することとなってしまった。それからの私は常にある程度の緊張感を残しながら日常生活を送るようになってしまったかもしれない。

だがこれは私にとってはすばらしい経験にもなった。それまで私がいかに日本が安全という(ぼけた)神話に則って生活してきたかをイヤというほど叱られた気がしたからだ。私はまさに日本人鎖国島国根性の代表選手のような気分だった。このテロで日本が狙われてたら国盗られてたんじゃないかくらいに惨めな気分だった。

 テロから4年経った現在。私はあの頃得た教訓の延長線上で存在できているのだろうかとふと考えた日だった。尻切れとんぼですまぽ。
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3000人近くが犠牲となった9.11米同時多発テロから丸5年が経ちました。ニューヨークでは、朝から倒壊した世界貿易センタービル跡地の「グラウンド・ゼロ」で追悼式典が開かれました。
2006/09/12(火) 15:34:03 | 気まぐれひとりごと通信
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